日時 | 10月14日(土)14:00~16:00 |
場所 | 横浜市立大学金沢八景キャンパス カメリアホール |
講師 | 田代省三先生(国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋科学技術戦略部アドバイザー) |
受講生 |
40名(4年生7名、5年生18名、6年生15名) |
日本は海に囲まれた島国で、私たちはその海からたくさんの恵みを受けて暮らしています。しかし、私たちが知っているのは海のほんの一部分にすぎず、深海や海底については知らないことだらけです。日本で一番深い湾は駿河湾(水深2500m)ですが、日本列島の周辺には日本海溝、伊豆小笠原海溝、琉球海溝などさらに深い谷が走っています。そこはどんな世界でどのような生命の営みがあるのでしょうか。今回の授業は潜水調査船のパイロットとして深海の謎を探ってきた田代省三さんを講師に迎え、貴重な映像を交えながら深海の魅力について語ってもらいました。子ども大学生たちは見たこともない珍妙な生き物たちや海底から熱水が噴き出る不思議な自然現象に目を丸くし、未知の海洋の豊かな可能性に好奇心を膨らませていました。
講義の内容を抜粋して紹介します。
JAMSTECとは
私は1995年まで潜水調査船のパイロットとして「しんかい2000」で214回、「しんかい6500」で104回、合わせて318回の潜航を経験しました。今はJAMSTECと日本海洋事業という会社でアドバイザーをしています。「2000」「6500」はそれぞれ潜ることが可能な深さ(m)を表しています。「しんかい2000」は2004年に引退、「しんかい6500」は現役で活躍しています。私が考える潜水船パイロットの醍醐味は①人類未踏の場所に行けること②世界第一級の研究者と一緒に潜れること③陸上では味わえない大自然の素晴らしさと怖さを知れること―の三つです。
私が長く勤めたJAMSTECは文部科学省が所管する海と地球の研究所です。本部は横須賀で横浜、青森、高知、沖縄にも拠点があります。約900人が働いていますが、そのうち約350人が研究者で全員博士号を持っています。もうひとつの日本海洋事業はJAMSTECの調査船と潜水船を運航する船会社で、やはり横須賀に本社があります。JAMSTECが研究とその成果の管理を、日本海洋事業が現場での調査船の運用と観測とそこで得たデータの解析を、それぞれ担当しているのです。
「しんかい6500」はどう潜るか
では実際に日本海溝の水深6500m地点に潜った時の映像を見ながら「しんかい6500」について説明します。全長は10m弱ですが、船内に出入りするハッチは直径50㎝、3人が乗り込んで作業する耐圧殻(キャビン)はチタン合金でできた厚さ73.5㎜の球形で内径が2mという狭い空間です。目的の調査海域まで母船「よこすか」に搭載されて運ばれ、そこから潜航を開始します。
水中では10m潜るごとに水圧が1気圧ずつ多くかかってきます。深さ6500mの深海に潜れば塩分の重さが加わるので、1平方㎝あたり680kgというものすごい水圧がかかるのです。1本の指に軽トラック1台が載っているのと同じです。水深200mを過ぎると太陽の光が十分に届かないのでLED投光器を7灯装備しています。電波は通じず、通信は音波を使うしかありません。音波の速さは空気中では毎秒330mですが、水中では1500m、水中のほうが速いのです。スピーカーから「チッ」という短い音が聞こますが、母船からこの音を「しんかい」に向けて発信し、その信号を受けた「しんかい」から発信される音波によって所在がわかるという仕組みです。
1回の潜航は海面~海面を約8時間、ハッチの閉鎖時間は約9時間です。船内は当然酸素が減っていきますが、医療用の純酸素を129時間分積んでいて消費した分だけ補充し、一方で呼気の二酸化炭素を水酸化リチウムで吸収するので、地上と全く同じ環境です。
「しんかい」は船体の隙間に浮力材が詰め込まれていて、そもそも600㎏の力で浮くように造られています。ではどうやって潜るのかというと、バラストと呼ぶ300kgの鉄の重りを4個取り付けます。そして目的の水深近くまで潜ったらそのうちの2個を切り離して浮きも沈みもしない状態となり、海底を自由に動きまわり、浮上する時に残りの2個を切り離すことで元々持っていた600㎏の浮く力で帰ってくるのです。
海底の不思議な煙突
次の映像は東京・伊豆諸島の青ヶ島沖の海底です。煙突のようなものから何かが噴き出している様子が写っていますが、これは熱水チムニーと呼ばれるものです。青ヶ島の周辺海域は火山活動が活発です。この映像は海底に浸み込んだ海水がマグマに熱せられ数百度の熱水となり海底から噴き出している様子なのですが、熱水に溶けて上がってきた金属成分が冷たい海水と混じることで金属に戻り噴出孔(こう)にどんどん積もっていくことで、煙突のような構造物を作っているのです。
さて、このチムニーの高さはどのくらいだと思いますか。 (1)15m (2)25m (3)35m
正解は(3)。大きいでしょう。でも、どうやって大きさを測るのでしょうか。「しんかい」には小さなのぞき窓が三つしかありません。しかも海中の視界は10m程度です。全体が見渡せない中で大きさや形を知るには、フォトモザイクという方法を使い、映像から推測するのです。 |
食物連鎖の頂点
続いて、フランスの潜水船が駿河湾の水深1500mに潜った時の映像から、深海の生物について考えてみましょう。駿河湾は日本の湾の中では一番深い湾で、最深部は2500mあります。サメが現れました。体長が8m以上ある深海ザメのオンデンザメです。北極海のニシオンデンサメは地球上の脊椎動物の中で最も長生きと言われていて、最高齢392±120歳という記録が新しい手法で2016年に確認されました。
食物連鎖という言葉はみなさん知っていると思いますが、その中でそれぞれの生物がどういう位置にいるのかを示す区分として「栄養段階」というものがあります。大まかには、光合成などで無機物から有機物をつくる「生産者」、その生産者を食べる草食の「1次消費者」、さらに肉食の「2次消費者」などに分けられます。身体を作るタンパク質のアミノ酸を分析すると、それぞれの生物がどの段階に属するかがわかるのです。
生態系では、栄養段階順に個体数や生物量が減っていき、積み重ねるとピラミッド型になるので「生態系ピラミッド」と呼びます。最上位にいるのが頂点捕食者(トップ・プレデター)ということになります。もちろん人間もピラミッドを形作るメンバーの一員です。ちなみに、地球上で最も栄養段階の高い生物はホッキョクグマです。海ではサメがトップ・プレデターとして扱われてきました。
2016年に駿河湾で行った底延縄(はえなわ)による調査で新種のヨコヅナイワシという魚が深海から4匹捕獲されました。前から知られていたセキトリイワシの仲間としては最大級で、人間の生活圏のすぐそばにこんな巨大生物が存在していたのかと話題になりました。そればかりか、栄養段階を分析してみると駿河湾で今までに見つかったサメよりヨコヅナイワシのほうが上でした。このヨコヅナイワシが栄養段階でみると駿河湾の頂点捕食者となったのです。
ここでまた問題です。なぜヨコヅナイワシは駿河湾の頂点捕食者になれたのでしょうか。 (1)サメを食べてしまうほど強いから (2)サメが嫌がる匂いや光を出すから (3)サメと生息場所が違うから
正解は(3)。ヨコヅナイワシが捕獲されたのは水深2171mの地点でした。まだ仮説ですが、駿河湾のサメは2000mより浅い所でしか確認されていないことから、棲んでいる場所が違っていると考えられます。 |
その後にJAMSTECの海底広域研究船「かいめい」が海底にカメラを仕掛けて行った調査では長さ2.53mもあるヨコヅナイワシが見つかっています。
未知の生物たち
世界では魚類だけで毎年約400種の新種が報告されます。海の中にはどんな生物がいるかまだまだ解明しきれていません。さっき見た熱水チムニーの映像をもう一度見てみましょう。煮えたぎるような熱水が噴き出すチムニーにも生き物が群がっています。これはポンペイワームという生物です。チムニーの高温の熱水は350度にもなります。ポンペイワームがいるあたりは周りの海水で温度が下がりますが、それでも80度ぐらい。ポンペイワームは世界で最も熱に強い微生物以外の生物と言われています。
深海では通常、生物の活動はあまり活発ではないのですが、熱水噴出域には多様な生物による独自の生態系が形成されています。それはなぜだと思いますか。 (1)暖かくて暮らしやすいいから (2)エサに困らないから (3)強い大きな魚がいないから
正解は(2)です。硫化水素などを使ってエネルギーを作り出すバクテリアが豊富にいて、それを起点に生態系が作られているのです。 |
生命はどこで誕生した
生態系というと、今までは太陽光の恵みが必須と考えられていましたが、地球内部からの物質だけで成り立つ「生態系」もあるということがわかったのです。これは20世紀最大の発見と言われています。これ以降、従来の生態系は「光合成生態系」、新しく発見された生態系は「化学合成生態系」と区別する必要が出てきました。地球上の生命の誕生は40億年前以前ということは分かっていますが、JAMSTECでは深海の熱水噴出域こそ生命誕生の場所ではないかという仮説を立てて研究を進めています。
地球の誕生は46億年前、海の誕生は44億年前以前です。地球は宇宙からの放射線や紫外線が大量に降り注ぎ、生物は海の中でしか生きられませんでした。地上で生きられるようになったのは、放射線を遮る地球のバリアが出来たことで光合成をおこなうバクテリアが大量の酸素を作り、また増えた酸素によりオゾン層ができて紫外線を遮れるようになった6億〜4億年前、現人類が現れたのはたかだか30万年前のことです。地球上の生物は変化する環境に適応できたものだけが生き延びてきたのです。
2010年に世界の海洋研究者が海の中の全生物を統計的にまとめました。日本の海で確認されたのはバクテリアから哺乳類まで3万3629種でした。世界全体では25万種です。日本の海の面積は世界の海の約1%にすぎないのに、生物の種類で見ると実に13%が存在しているのです。さらに、日本の海にはまだ見つかっていない生物が12万種いるとも予測されています。日本の海はとても多様性に富んだ海なのです。
温暖化に伴う気候変動や人口増加など地球規模の問題が叫ばれていますが、人類の未来は海をどう活用するかにかかっています。生態系を守りながら海洋資源をどう活用していくか、ということがこれからの大きなテーマです。みなさんもぜひ海洋に目を向けて、ワクワクする未知の世界への探究心を持ち続けてほしいと思います。