日時 | 3月9日(土)14:00~16:00 |
場所 | 横浜市立大学金沢八景キャンパス カメリアホール |
講師 | マリ クリスティーヌ(異文化コミュニケーター) |
受講生 |
39名(4年生7名、5年生13名、6年生19名) |
世界には約200の国があり、80億を超える人々が暮らしています。日本のような先進国から飢餓に苦しむ開発途上国、戦争や紛争に巻き込まれ命の危険と隣り合わせの国など、そこに生きる人々の暮らしぶりはさまざまです。日本にいると理解しづらいですが、今この瞬間も水や食料を求めて歩き回り、寒さをしのぐ場所を探して身を寄せ合っている人々がたくさんいるのです。大人だけでなく子どもたちも同じです。
今回は、コミュニティの在り方を通して差別や貧困をなくす活動に取り組んでいる国連ハビタット(人間居住計画)で親善大使を務めたマリ・クリスティーヌ先生から、世界の子ども達が置かれている境遇について学び、どうすれば私たちが彼らの力になれるのかを考えました。
私の中の異文化
異文化コミュニケーションは、自分とは異なる文化や価値観を持つ人たちと交流を図ることです。みなさん、お正月に家でどんなお雑煮を食べますか。鶏肉が入っていますか。それともお魚ですか。お父さん、お母さんのご実家のお雑煮はどうでしょう。食材や味付けは同じ日本の中でも地域や家によって違います。それが文化です。食べものに限らず価値観や考え方も同じです。みなさんは普段から知らないうちに異文化を理解して生活しているのです。異文化理解というのは必ずしも他の国の話ではないのですね。
私はたまたま国をまたいだ異文化の中で育ちました。父親の両親はイタリア人で、アメリカに移住しました。そこで生まれた父はイタリアの文化の中で育ったアメリカ人。母親は日本人で、母方の祖父は岐阜、祖母は葉山の人です。岐阜と神奈川の2つの文化の中で育った母が海の向こうのアメリカ人と結婚し、そこで生まれたのが私です。日本で4歳まで暮らし、その後父の仕事の関係でドイツ、アメリカ、イラン、タイで暮らしました。大学進学を機に、すっかり忘れてしまった日本語と母の母国の文化を学ぶために日本に戻ってきたのです。世界の国々の文化は少しずつ違いますが、似ているところもたくさんあります。違いばかり見ず、似たところを探すことが大切だと感じます。
「1日285円」の貧困
世界の人口は80億人に達しましたが、1日を1.9ドル以下で暮らす人たちが7億9600万人もいます。日本円で285円です。みなさんはこれで1日生きられますか。家賃や電気、水、食べ物、子どもの衣服…とても無理ですね。しかし、世界の10人に1人はそんな暮らしをしているのです。その半分の約3億6500万人が子どもです。開発途上国では5歳未満の5人に1人が極度の貧困家庭で暮らしているとされています。
私は国連の親善大使を15年間勤めましたが、「アジアの女性と子どもネットワーク」というボランティア団体の活動も続けてきました。この団体はタイの山岳民族の子ども達の教育支援を行っています。これまで10か所に学校を建てました。食べていけず、学校にも通えない子どもたちのために何をすべきか考えた時、教育こそが大事だと思ったのです。たとえ食べられなくても、教育を与えれば自分で考える力が身に付き、読み書き算数ができるようになって、店番や他の仕事に就けるからです。山岳民族の家は竹などで作られています。洪水やヘビなどの侵入を防ぐため高床式になっています。彼らの生活は私たちから見ると豊かとは思えませんが、だれも辛そうな表情はしていません。子どもたちも何かをほしがったりしません。彼らにとっては他に比較できる生活がないのでそうした環境が当たり前なのです。
国連の仕事でケニアのスラムにも行きました。スラムは生活に困った人たちが集まる場所で、家賃を払えなくなった人たちが掘っ立て小屋のようなものを作って住み着きます。ふつうの人が土地を買いたがらない、谷のような低い場所に集中しています。ですから雨が降ると汚物などが流れてきます。自然の下水道ですね。道路もすごく汚れています。私が下を気にしながら歩いていたら、ガイドさんに「上を見ないとだめですよ。フライングトイレが飛んできますから」と注意されました。「フライングトイレ」って何だと思いますか。スラムには集合トイレはあるけれど家にはトイレがないので、夜はビニール袋の中に用を足し、朝になるとそれをぶんぶん振り回して遠くへ放るのです。
スラムというとマイナスのイメージがつきまといますが、その中にもきちんと生活と身の安全のためのルールがあり、「早くここから抜け出したい」と思っている人もたくさんいます。それでも物を盗まれたり子どもが誘拐されたりと、やはり犯罪は多発しています。
同じケニアの農村では子どもが料理をします。親は農作業に忙しく、家族が生きていくためには子どもといえども役割を果たさなければなりません。趣味ではなく大事な仕事なのです。ですから学校にもなかなか行けません。
飢餓はなぜ起きる?
飢餓も世界的に深刻です。世界で8億2800万人、10人に1人が長い間食べ物を摂れず栄養不足の状態にあります。WHO(世界保健機構)によると、5歳未満の飢餓は3億4000万人です。食べ物が手に入らない理由はいろいろありますが、例えば最近ニュースで毎日のように取り上げられるパレスチナのガザ地区には、食べ物を送っても届いていません。飢餓に苦しむ人の70%は戦争・紛争地域の人たちです。
もう1つ、忘れてはならない原因として分配の問題があります。実は世界では地球上のすべての人が食べるのに十分な食料が生産されています。それなのになぜ飢餓や栄養不足に陥るのでしょう。畜産物の生産には餌となる多くの穀物を消費します。1kgの牛肉を生産するためには11kg、豚肉1kgなら7kg、鶏肉1kgなら4㎏の穀物が必要なのです。穀物はバイオ燃料にも使われます。このように食べられるものはあっても、食べ物として扱われていないのです。食料が公平に分配されず、偏ったところに行っていることも大きな原因なのです。
日本では年間約646万トンの食料が捨てられています。食品メーカーや小売店、レストランなど事業系から出るものが357万トン、家庭から廃棄されるのが289万トンです。一方で世界が支援している食料の総量は320万トン。支援している倍の量を日本だけで捨てているのです。おかしなことですね。
教育の大切さ
教育を受けられない人は世界で2億4400万人、小学校に通えていない子どもは6700万人です。理由は貧困だけでなく、戦争・紛争で学校が破壊された、通学路が安全でない、近くに学校がない、家の手伝いをしなければならない…などたくさんあります。習慣も関係しています。アフガニスタンやパキスタンなどには、女子には教育はいらないと思っている人たちが今もいます。宗教上の厳格な決まりがあってそういう考えが根付いているのです。みなさんも知っていると思いますが、パキスタンのマララ・ユスフザイさんは「女子も教育を受ける権利がある」と発言し、支配勢力のタリバンに銃撃されました。私たちは男女が平等に教育を受けられることは当たり前だと思っていますが、女子が教育を受けるのは罪であると考える人たちもいるのです。幸いマララさんは命を取り留めて、今も素晴らしい活動を続けています。
教育、とりわけ読み書きができることはとても大切です。世界には文字を読めない大人が7億8100万人いて、3分の2は女性です。女性は学校に通えなかったからです。15歳以上で文字の読み書きができる人の割合を「識字率」といいますが、母親の識字率が高いと5歳未満の乳幼児死亡率が下がり、女の子の就学率が高くなるというデータもあります。
教育を受けられないと読み書きや計算ができない、だから安定した職業につけない、収入がないから貧困から抜け出せない、すると教育が受けられなくなる…貧困の連鎖です。ここにいるみなさんが教育を受けられていることは宝物を手にしているということなのです。
国連職員になって考えよう
ここで資料をお配りします。「アカ族のプアンちゃん」という物語です。みなさん国連職員になったつもりで、プアンちゃんたちのためにどんな支援をしたら良いかグループで話し合ってください。
支援には「help them to help themselves(自活できるように手伝ってあげる)」、自立を助けるという視点が大切です。国連職員が帰国した後も彼らが自分で自分のことをできるようにしてあげる、そのきっかけを作ってあげればいいわけです。よく言われる例えですが、「私に魚を1匹ください、そうしたら私は1日食べられます」というのでは、その人は毎日あなたが魚を持ってくるのを待つだけです。そうではなく「私に魚の獲り方を教えてください。そうしたら私は一生食べられます」というのが正解です。みなさんもそんなアイディアを1つ見つけてあげてください。
それでは、各グループでどんなアイディアが出たか発表してもらいましょう。
- 大人も子どもも通える義務教育の学校を作る
- 気軽に健康保険に入れる制度を作る
- 町の人たちとコミュニケーションができるようにタイ語を教える
- 畑や農場で使う農薬を安全なものにする
- 飲み水を確保するために井戸を掘る
- 村の中に学校的な施設を作る
- 大人向けにタイ語を学べる場所を作る
素晴らしいアイディアがたくさん出ました。みなさんぜひ国連職員を目指してください。
タイの今の健康保険は、タイ語を話せないと加入できない仕組みになっています。その点でもタイ語を学ぶ機会は非常に重要ですね。農薬の話も出ました。農薬の使用はミャンマーの難民が収穫量を増やすために広めたもので、最近では農作業をする母親におぶわれている乳幼児への影響が報告されています。学用品を届けるというアイディアは、支援を行う上で考えるべき良い課題です。私たちもノートを贈る活動をしましたが、彼らは喜ばず、「それよりノートを作る工場を建てるお金をください。自分たちで作ってそこから買います」と言われました。確かにその方が仕事が増え、経済も回るのですね。
子どもの権利
最後に「子どもの権利条約」の話をします。この条約には、みなさんがよく知っているSDGsの目標と重なる考え方が多く取り上げられています。条約には、
- 差別の禁止
- 子どもの最善の利益
- 生命、生存及び発達に対する権利
- 子どもの意見の尊重
という4原則が盛り込まれています。みなさんには平等に教育を受ける権利があります。生存して発達し、暴力や虐待から保護され、考え方を尊重される権利があります。一方、親には教育を与える義務があります。権利ばかり振り回してはもちろんいけません。権利とともに責任についても考えなければだめです。世界の子ども達が置かれている状況も考えながら、権利と義務について家でも話し合ってみてください。
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