· 

第10期記念講演|「脳科学って何?」

日時 6月9日(日)14:00~16:30
場所 横浜市立大学金沢八景キャンパス カメリアホール
講師 榊原洋一学長
受講生

101名(4年生41名、5年生26名、6年生34名)

科学者にとってわからないことは三つあると言われています。一つ目は宇宙がどうやってできたのかということ、二つ目は生物はどうやって生まれたのかということ、そして三つ目は脳がどのような働きをしているかということです。きょうは脳について話します。大昔は精神のかたまりが入っている場所だと思われていました。でも今は科学の進歩によっていろいろなことがわかってきています。


――脳はどんなもの

脳は哺乳類をはじめ、ほとんどの動物が持っています。脳の大きさを体に対する比率でみると人間は他の動物よりずっと大きいのです。大きいとどういうことになるでしょう。一度に複数の子を産む他の動物と違って、人は生まれる時はたいてい1人だけですね。その理由は、人は頭が大きいからなのです。そして脳が完成するまでお母さんのお腹の中に長期間いることになります。人間の脳は5歳ぐらいで完成し、それを過ぎると大きさは変わりません。重さにして大体1200から1500グラムです。小学校に入学するのは6歳ですが、そのころになると人が話していることをほぼ理解できるようになるのですね。

では脳が働くためには何が必要でしょうか。血液です。血液は酸素やブドウ糖を運んでいます。血液が行かなくなって酸素やブドウ糖が届かなくなると脳細胞は3分で死んでしまいます。たとえば皮膚は生理的食塩水に浸しておけば血液がなくても1、2時間は生きていられます。脳はとても弱いのですね。それはどういうことかというと、脳は体の中で一番多くエネルギーを使っている、それだけ活発に動いているということです。みなさんの体重を仮に30キロだとすると脳は重さはそのわずか4%程度にすぎませんが、体内にある全血液の20%を使っているのです。

 

――脳は何をしている

脳の構造は解剖などによって知ることができますが、脳科学の研究者が最初に知りたいと思うのは「脳のそれぞれの場所が何をしているか」ということです。「考える」ということに関係しているのだろうということは昔からわかっていたのですが、証明のしようがなかったのです。なにせ脳が働かなくなったら人は死んでしまいますから。たとえば、心臓は血液を全身に送り出すポンプの役目をするところ、消化管は口からお尻までつながっているので栄養を摂るところ、というように他の臓器の役割は500年ぐらい前にはわかっていました。しかし、脳の働きについては未知なことが多かったのです。それでも解剖などによって少しずついろいろなことがわかるようになってきました。

脳は前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に区分されます。前頭葉は体を動かす、頭頂葉は痛い・寒い・おいしいといったことを感じる、側頭葉は聞いた言葉を理解したり人の顔を覚えたりする、後頭葉はものを見る−―という機能にそれぞれ関わっています。こうしたことは脳科学以前の医学によってわかっていました。

 

――脳科学の誕生

脳はニューロンと呼ばれる神経細胞のかたまりです。神経はネットワークを作っていて、シナプスという細胞と細胞のつなぎ目の隙間で化学物質をやりとりして情報を伝達しています。化学物質はドーパミン、アセチルコリンなど10種類ぐらいあり、場所によって出てくる物質が異なります。そして化学物質をやり取りするときに電気信号が流れます。

こうしたことがわかってくると、脳の働きをどうやって調べるか、その方法にも変化が起こってきました。事故や病気で亡くなった人の脳を調べる「病理学」「解剖学」、生きた動物の脳の電気的活動を見る「大脳生理学」、脳の科学的成分を分析する「神経生化学」といった従来の方法とは違って、脳の形をレントゲンで調べるCTスキャン、脳内部の放射性物質の放射能を検知するPETスキャン、脳内の血流の変化を電磁波で捉えるMRIといった新しい画像診断の方法が1990年代に相次いで生み出されます。脳科学の誕生です。これらの方法によって脳の働きの解明が急速に進んだ1990年代は「脳の10年」と呼ばれています。

 

――何がわかる

CTMRIによって、人が何かをするとき脳のどの場所が働いているか特定できるようになりました。たとえば脳腫瘍があるとその場所が白く写ります。白く写るのは水分が多いからで、血液が集まっていることを示します。ものを考えるとその場所に血液が集まるから白く写る、それによってどの部位が活動しているかがわかるのです。

今はPETスキャンによって他人の気持ちを理解する場所まで特定できます。発達障害のひとつにアスペルガー症候群があります。この障害を持つ人たちは相手の表情から気持ちを理解したり、場の空気を読んだりすることが苦手です。PET画像を見てみると、健常者に比べ白く写る領域が小さい場所が前頭葉と側頭葉にある、つまりその場所が人の表情を理解する場所だということがわかるのです。

 

このように、脳のいろいろな部位の働きが解き明かされています。もちろん脳の病気の診断にも使えます。最近は、訓練によって脳の部位の働きを活発にする「学習の脳科学」や、外界からの感覚情報を一時的に記憶しておく「ワーキングメモリー」に関する研究も進んでいます。