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第1回授業「再生生物学を知ろう!~細胞をいかした臓器作製と培養肉~」

日時 7月21日(日)14:00~16:00
場所 横浜市立大学金沢八景キャンパス カメリアホール
講師 小島伸彦 横浜市立大学大学院教授
受講生

86名(4年生35名、5年生18名、6年生33名)

「再生医療」という言葉を聞いたことがあると思います。病気やけがで失われた組織や臓器の機能を再生させる医療です。医学と工学の先端技術を組み合わせ、遺伝子を組み込んだ細胞(さいぼう)を使ったり人工的な材料を使ったりして研究が進められてきました。人の体のいろいろな部分に分化する能力を持つ「iPS細胞」もそうした研究から生まれたものです。臓器を作る技術は医療の未来を開く治療法として注目されるだけでなく、タンパク源としての培養肉の生産や新薬の開発にも応用が期待されています。

10期目の最初の授業は、医療や産業に役立つ臓器をデザインする「臓器設計技術」の開発に取り組んでいる小島伸彦先生が、研究者になったきっかけなども交えながら人工臓器づくりの現状について説明してくれました。

 概要を以下に紹介します。


――研究者への道

私は幼稚園児のころから研究者になりたいと思っていました。きっかけは「鉄腕アトム」「サイボーグ009」「ウルトラマン」などのアニメや特撮テレビドラマです。普通はヒーローにあこがれるのでしょうが、私はどういうわけかそこに登場するお茶の水博士やギルモア博士、岩本博士たちにあこがれました。ちょっと天邪鬼(あまのじゃく)だったのです。ヒーローそのものよりも、そうしたロボットやサイボーグを作る人、ヒーローを支える人の方がすごいと思ったのです。その後は工作やラジコン作りに没頭し、大学生になっても完全機械化サイボーグを描いた漫画に熱中していました。考えてみると現在も細胞で工作をしているようなものです。そうした小さいころからの夢や経験が人工臓器を作るという今の研究につながったのです。

 

――行動規範を持つということ

私の行動規範は「迷ったら面白いほうを選ぶ」ということです。みなさんもぜひ規範を持ってほしい。「遊ぶ前に宿題を終わらせる」でも「大きな声で『ありがとう』を言う」でも、なんでもいいのです。なぜそれが大事なのでしょう。たとえば雪の結晶は、誰が設計図を作ったわけでもないのに自然にきれいな六角形の模様にできあがります。これは水分子の構造が持つルール、規範のおかげで美しい秩序が生み出される例です。また、森にはクラウン・シャイネスと呼ばれる現象があります。森に入って上を見上げると、てっぺんの枝葉同士が触れ合わずに血管のような隙間を作っていることに気づきます。この隙間がクラウン・シャイネスと呼ばれ、隣り合う木の葉っぱ同士が重なったら互いに一歩退くという行動規範がこのような秩序を生み出していると考えられます。自然界はこのように規範で出来上がっているのです。

私が取り組んでいる研究にも同様のことが言えます。異なるルールを持つ2種類の細胞を混ぜると、それぞれ一定のルールに従ってきれいに配列されていきます。ルールを持っているから秩序が保たれるのです。自分なりの行動規範を持つことで、自分を取り囲む人や環境が自然に組み変わっていきます。自然も人間も人生も自己組織化によって成り立つのです。

 

――臓器を作る

さて、さきほどサイボーグなどについて話しましたが、そうしたアニメの作者たちも当時は人体の内分泌系やリンパ系、脾(ひ)臓、肝臓、骨髄などを機械に置き換えるのは無理だと考えていました。そこで私は高校生の頃、そうした臓器を機械ではなくて細胞を使って組み立てればよいのではないかと考えました。人間の体の中に、臓器に代わる化学プラントを埋め込むということです。たまたま入った大学の応用生物工学科に、一人だけハイブリット人工肝臓の研究をしている先生がいました。スポンジ状の足場にブタの細胞をくっつけて、外付けの仮の肝臓として使うという研究でした。そこから細胞培養の世界に入っていきました。その後、工学や医学的な研究を経て、ここ10年ほどは200〜500ミクロンという極小サイズの臓器らしい構造を持ったものを作る技術の開発に取り組んでいます。

臓器を作るには二つのアプローチがあります。一つは生体を利用する「胚盤胞補完法(はいばんほうほかんほう)」という方法で、すでにブタの体内でヒトの臓器を丸ごと作る技術が、原理的には開発されています。たとえば、遺伝子を操作して膵(すい)臓を作れないようにしたブタの受精後まもない段階の胚盤胞に、正常なブタの胚盤胞の細胞を入れます。そうすると膵臓を作れないはずだったブタが健康な膵臓を持って生まれてきます。この方法が最終的に目指すのは、ヒトのiPS細胞をブタの胚盤胞に入れてヒトの膵臓を作ることです。インスリンを出す機能が失われて血糖をコントロールできなくなる「1型糖尿病」という病気がありますが、その患者さんにこの膵臓を移植して生着させることができれば回復が望めます。この胚盤胞補完法には元の生体とそっくりなものを作れるという長所がありますが、逆にそっくりなものしか作れないということが短所にもなります。

一方、私たちが取り組んでいるアプローチは、生体外で細胞を使って臓器を作る方法です。この方法には生体とそっくりのものは作れないという短所があります。しかし、ヘンテコなものを作ることができるという長所があります。ヘンテコなものとはなんでしょうか。たとえば10年ほど前、イタリアの会社が「2027年までに3Dプリンターを使って眼球を作る」と発表しました。この眼球には3種類あり、外見を装う義眼のようなものだけでなくカメラのような撮影機能を持つものや、それを外部に配信できる機能を持つものまで用意されているのです。生体外での臓器再生は生体を使った技術では実現できない付加価値をつけることが可能なのです。元通りに治すだけではなく別の新たな機能を加えていく、という再生医療の時代がきっと来ると思います。

 

――人工臓器づくりの最先端

臓器を作るにはさまざまな技術が使われます。研究室レベルでは学生たちがそれらを手作業で行うわけですが、低コストでしかも大量に製作するとなるとやはり機械化が必要になります。そうした技術はバイオプリンティングやバイオファブリケーションと呼ばれます。

バイオプリンティングは3Dプリンターを使って細胞から臓器を作る技術です。ドナーから提供される臓器の代わりにこの人工臓器を使って移植が行えるようにすることが、再生医療の最終的な目標です。金沢工業大学ではインクジェット式プリンターのヘッド部分に生きた細胞を詰め、それをノズルから吹き付けて血管を作ることに挑戦しています。東京大学大学院ではファイバーの中でいろいろな種類の細胞を培養し、そのファイバーをコイル状にしたり積層化したりして複雑な臓器を作る研究をしています。また、佐賀大学では細胞を10002000個単位で団子状にして生け花で使う剣山のようなものに刺し、大きな臓器を組み立てようとしています。また、私たち横浜市立大学大学院では細胞を直接組み立てることに挑戦しています。細胞の表面に接着剤のようなものを塗り、光ピンセットを使ってそれをくっつけることでさまざまな形のものが作れます。

 

――食肉をつくる

 ただ、こうした研究の成果を、国から治療法としての認可を得るなどの手続きを踏み実際に医療現場で応用していくには10年から20年という長い歳月がかかります。その間、研究にかかる費用を捻出するためにどうしたらよいか。その答えが、これまで蓄積した技術を活用して食肉を作るということです。培養肉です。

現在、世界で利用可能な陸地の70%が肉を作るために使われています。牛を育てるための牧草地や水源なども含めた数字です。3040年後には世界人口が倍になり肉の消費も倍になると予想されています。そうすると牛が足りなくなり、肉が食べられなくなる「ミート・クライシス」という事態を招きます。この危機への対策として、タンパク質を補給するために昆虫食の普及が進められたりしています。でも、昆虫よりは牛肉を食べたいですよね。そこでどうしたらいいか、その答えが培養肉なのです。

 培養肉を作るにはまず牛の筋肉の幹細胞を採取し、試験管の中で増殖させた後に、筋管細胞と筋肉繊維に分化させます。さらに筋管細胞を増やして筋管にし、これを集めて筋繊維を作ります。これに筋トレをさせて太い筋肉に育てるのです。

 こうして作られた人工肉を食べれば家畜を育てるのに比べて必要な土地を99%、水の消費と温室効果ガスを各96%、エネルギーを45%削減できる計算です。それからもう一つ、動物を殺す必要もなくなります。

 市場には大豆ミートのようなフェイクミートも増えていて、味も本物の肉と変わらないレベルになってきています。しかし、それでも培養肉に挑戦する意味はあります。大豆はそのままでも食べられてタンパク質を摂れます。大豆を肉風に味付けしてみても摂取できるタンパク質の総量が増えるわけではありません。ですから現在では、これまで食用としてこなかった藻類からタンパク質を採取して培養しようという取り組みも行われています。ここにバイオ技術が生かされるのです。

 

――創薬への貢献

 臓器を作ることは薬の開発にも役立ちます。新薬の開発には薬効や安全性を確かめるための動物実験が必要とされてきました。しかしアメリカでは2022年末から動物実験をやらなくてもよくなりました。動物実験では正確な評価ができない、ヒトの細胞を使って効果や毒性を検証したほうがよいということがわかってきたのです。臓器作製で開発した細胞培養の技術がここにも生かされています。私たちの研究室でも、スフェロイドという細胞のかたまりの配列をデザインすることで、肝臓や他の臓器の細胞の配列を作り出すことができるようになり、創薬への応用の可能性が膨らみました。また、私たちは肝臓の機能を液体で再現することにも挑んでいます。液体肝臓です。今では義足でも、走ったりジャンプしたりするのに適したカーボン製などのスポーツ用義足が誕生しています。生体にこだわらなければ可能性は無限に広がるのです。

 

体外で細胞を使って組織や臓器を作ることは、再生医療をはじめ食肉、創薬など新しい産業の可能性につながります。また、実際の臓器の形にとらわれずに目的に合わせた形を与えることで新しい治療法につながるのです。