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第2回授業「走りつづけた京急~126年の車窓~」

日時 9月15日(日)14:30~16:30
場所 京急グループ本社ビル1階ホール・京急ミュージアム
講師 原田一之(はらだ・かずゆき) 京浜急行電鉄株式会社取締役会長・一般社団法人日本民営鉄道協会会長
受講生

87名(4年生35名、5年生23名、6年生29名)

 

通勤通学や買い物の足として神奈川県民に愛されている京急電車。川崎で誕生し、北は東京・港区の泉岳寺、南は横須賀の浦賀へと線路を伸ばしながら走り続けて今年で126年になります。

今回の授業は、会長として京急電鉄を率いる原田一之先生を講師に迎え、クイズ形式の講義とミュージアム見学の二部構成で、京急の歴史や安全への取り組みについて学び、京急電車の魅力を満喫しました。ミュージアムでは、専門スタッフの解説を聞きながら実写映像による運転シミュレーション、巨大ジオラマ走行、車内放送、京急車両のペーパークラフトなどを体験。また、授業の最後には、2012年に起きた脱線事故を運転士さんや復旧作業にあたった人たちが振り返る社内研修用映像を特別に視聴させてもらい、電車を走らせる人たちの安全への強い責任感を知ることができました。

 

原田先生の講義の概要を紹介します。

 

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――はじめに

この本社ビルは5年前に品川から移転しました。併設の京急ミュージアムはその翌年の1月にオープンしました。会社の創立からちょうど120年の節目だったので本社を移しミュージアムをつくったのです。ミュージアムは開館して5年目にあたります。私は当時社長でしたが、オープン当初はコロナの影響もありたくさんの人に来てもらうことができませんでした。このところコロナが落ち着いてようやくいろいろな催しができるようになり、たくさんの皆さんに足を運んでもらえるようになってうれしく思っています。

私は京急電鉄に48年間勤めています。入社してからさまざまな部署で仕事をしましたが、途中からは鉄道に直接関わる仕事が多くなりました。一番印象に残っているのは1998(平成10年に羽田空港への延伸を果たした時、担当の課長をしていて一番列車を迎えたことです。

きょうは京急の歴史を知ってもらうとともに、大勢の人たちがさまざまな仕事をすることで毎日電車が動いているということをわかってもらえたらと思っています。

 ではここから京急の歴史や安全への取り組みなどについてクイズ形式で説明していきます。

 

――Q1 京急が最初に走った場所はどこ?

  横浜  ②品川  ③川崎 ・・・正解は③

京浜急行電鉄は1898(明治31)年「大師電気鉄道」という名前で関東初の電気鉄道として創業しました。2キロぐらいの短い路線で、現在の川崎駅に近い六郷橋にあった駅から川崎大師まで参拝客を運びました。営業開始は1899(明治32)年の1月ですが、4月には早くも社名を「京浜電気鉄道」に変えました。「京浜」とは東京の「京」と横浜の「浜」のことですね。京浜間には当時から大きな工場や明治維新以来の主要な施設が集中していました。会社を作った人たちは、そこに電車を走らせたかったのです。そして、北は品川、南は横浜へと線路を延ばしていきました。

 

――Q2 黄金町駅の開業はいつ?

  明治38年 ②昭和5年 ③昭和23年 ・・・正解は②

1930(昭和5)年、横浜の黄金町という駅を起点に、南の逗子と浦賀に向かって鉄道路線が開業しました。京急の前身の一つ「湘南電気鉄道」です。ミュージアムに展示してある電車は、当時から1988(昭和63)年の引退までその路線を走っていた車両を復元したものです。この路線は20以上のトンネルをくぐり、がけを擦り抜けて横須賀まで線路を延ばしました。トンネルや高架橋をなどの建設工事は4年という短期間で実施しました。これらの設備は補修を重ねながら現在も大半が現役として使われています。

 

――Q3 京急の駅で一番乗降客が多い駅は?

  品川 ②羽田空港第1・第2ターミナル ③横浜 ・・・正解は③

横浜駅の1日の乗降客数は29万人で当社の駅の中で最多です。品川駅が23万人、上大岡駅が12万人で続き、その次が空港ターミナル駅です。他の私鉄をみると、新宿駅から小田急線が、渋谷駅から東急線が走っていて、それぞれ山手線との接続駅が一番お客さんが多いのです。京急は品川駅が接続駅ですが、実は品川駅よりも横浜駅の方が多い。こうした鉄道はほかにありません。横浜はそれだけ大きな街なのですね。また、先ほど話したように京浜電気鉄道と湘南電気鉄道の二つの路線がつながった場所でもあって、京急にはとても大切な駅なのです。ちなみに京急線全駅の1日の平均乗降人員は238万人です。

 

――Q4 京急には5路線に73の駅があります。そこでお客さまの対応やホームの整理業務に従事している人は何人いるでしょう?

  500人 ②700人 ③900人 ・・・正解は③

駅係員の仕事は、乗り換えや運行状況に関する情報提供、駅周辺の地理の問い合わせなどに対応する案内業務、安全な乗降のためのホームの整理業務、券売機の対応や収入金の集計業務などです。毎日出勤人数が決まっていて、72の駅を順繰りに回って仕事をしています。

 

――Q5・(a) 乗務員の人数は? 

  300人 ②500人 ③800人 ・・・ 正解は③

――Q5・(b) 京急の車両数は?

  300両 ②500両 ③800両 ・・・ 正解は③

乗務員とは運転士さんと車掌さんのことです。その人たちは神奈川新町、金沢文庫、京急久里浜の3か所の車両基地にある乗務区に所属していて、毎朝そこから出勤し、一日の勤務が終わるとまたそこに戻って交替するのです。運転士さんは一日同じ車掌さんとパートナーを組みます。電車の運行では遅延させないということも大事ですが、最も大切なのは安全に運行する、つまりお客様さまの命と財産を守ることです。運転士さんと車掌さんは、過去の教訓を事故防止に生かし、日々訓練を欠かさずに毎日安全に電車を走らせるという鉄道にとって最も重要な業務を担っているのです。

現役で走っている車両は800両です。この800両が毎日いろいろな路線をぐるぐる走っているわけです。

 

――Q6①車両点検に携わる人は何人?

  50人 ②100人 ③200人 ・・・ 正解は③

――Q6②点検の期間は

  1か月ごと ②14日ごと ③9日ごと ・・・ 正解は③

電車を安全に走らせるためには車両の点検が欠かせません。どこかに少しでも異常があったら大変です。みなさんも毎朝学校へ行く前には体温を測ったりしますよね。それと同じです。故障の有無や車両の損傷などを調べる基本的な列車点検は10日以内に1度行わなければならないと法で定められています。検査は5人1チームで行い、摩耗した部品の交換や故障など異常の有無を調べます。1日あたり20両から40両の車両を点検し、終了後は機械を使っての車体洗浄や人の手による車内清掃を行っています。このほか90日以内に1度行う月検査というものなどもあり、こちらはさまざまな機器の状態確認や性能検査などを行います。

 

――Q7(1) 線路の点検に関わる人の数は?

  150人 ②250人 ③350人 ・・・ 正解は③

――Q7(2) 京急の線路には25メートルの直線部分に何本の枕木が使われているでしょうか?

  10本以上 ②38本以上 ③44本以上 ・・・ 正解は③

線路を点検し、補修することを保線作業と言います。その線路の下に敷かれているのが枕木ですが、車両を安全に走らせるためには多くの枕木が必要です。カーブしている場所ではさらに多く必要で48本以上使われています。遠心力で外側に重みがかかるので、動かないようにたくさんの枕木を使って踏ん張る必要があるのです。保線作業は電車が安全に走れるように下から支える、本当に重要な仕事です。2011(平成23)年の東日本大震災では東北だけでなく関東も大きな被害を受けましたが、その日は京急も停電のためにひと晩中電車が止まりました。電車は電気が来なければ動けません。翌日には停電が復旧して電車を動かせるようになったのですが、地震があった直後ですから線路の状態を確認しないといけません。保線の人たちは毎日終電から始発の間に夜通し歩いて線路の点検をしています。機械と人の目の両方で線路の幅がきちんと保たれているか、曲がっていないかなどを点検しているのです。大震災の夜も全線を夜通し歩いて点検し、翌朝は5時前の始発から運行を再開できました。その点検の途中、六郷橋付近の線路が少し曲がっているという目視による報告が上がってきました。そこで、その場所はスピードを落として走行するように指示したうえで運転再開に漕ぎつけたのです。その夜、改めて機械を使って調べてみたところ、やはり少しだけ曲がっていることが確認されました。長年保線作業に携わってきたベテランは、ほんのわずかな歪みを自分の目で見極めることができるのです。毎日毎日線路を見て状態に気をつけているからこそ、見た瞬間に正しい状態かどうかが判断できるのです。

 

――Q8 電車が走っていない夜間にしかできない工事があるのですが、それはどんな工事でしょう?

答えは設備を取り換える作業で、例えば架線の工事などです。現在は深夜12時半ごろに終電が走り終え、朝5時前には始発が走り出します。その終電から始発の間、停電にして夜間工事を行います。電車は線路上の架線から電気を受けて走っていますが、その架線の交換や修理などを行うのです。架線には2万ボルトの高圧電流が流れていますから、電気が通っている状態で作業をすることはできません。線路の点検もそうですが、安全にお客さまを運ぶために、みなさんが寝ている間にも懸命に作業に当たっている人たちがいるということを知っておいてもらえたらと思います

 

――Q9 1994年に登場した京急600型車両。その登場時のワイパーカバーは現在の車両(白色)とは別の色でした。何色だったでしょう?

    スワローグレーメタリック ②ヤンググレーメタリック ③イロンデルグレーメタリック・・・正解は③

みなさんの中には電車に詳しい学生さんも多いと聞いたので用意した問題です。これは超難問ですね。私も知りませんでした。イロンデルというのはフランス語でツバメののことらしいですが、そのグレーと英語のスワローグレーとどう違うのか、よくわかりません。どちらも濃いグレーに見えますね。

600型はデビュー当時、座席が回転して対面式になるということで大変珍しいと評判になりました。

 

――終わりに

ここまでクイズ形式でいろいろな話をしてきました。それを通して知ってほしかったのは、京急電車が運転士や車掌・駅長といったみなさんが普段目にする人たちだけの力で動いているのではない、ということです。線路や電気の保守点検、運転、お客さま対応…など、京急には約2000人の社員がいますが、その2000人全員が力を合わせることで初めて電車は安全に走ることができるのです。安全で快適な運行を続けてお客さまに喜んでいただくために、みんなが力を合わせて一つの仕事に取り組んでいるのです。みなさんも将来仕事に就くことになりますが、一人で全部ができてしまうというような仕事は絶対にありません。いろいろな人と力を合わせることの大切さを、これからもぜひ学び続けていってほしいと願っています。

 

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