松永 哲也(まつなが・てつや) 先生
元日本銀行審議役・神戸支店長、千葉銀行アドバイザー
令和6年12月1日(日)14:00―16:00
横浜市立大学カメリアホール(横浜市金沢区)
受講者83人(4年生34人、5年生22人、6年生27人)
新聞やテレビのニュースでよく取り上げられる日本銀行(日銀)。「銀行」の名はついていても、街中で見かけたりお小遣いを出し入れしたりする銀行にくらべるとなじみがありません。銀行のテレビCMは毎日のように流れますが、日銀のCMは見たことがありません。日銀はほかの銀行とどこが違うのでしょう。どんな仕事をしているのでしょう。そして私たちの暮らしにどうかかわっているのでしょう。
30年以上にわたって日銀に勤め、現在も民間の銀行でアドバイザーをしている松永哲也先生に教えてもらいます。
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――お金あれこれ
お金に関するクイズをいくつか用意してきたので、答えを考えてください。
第1問は紙幣についてです。紙幣は質の良い紙でできていますが、繰り返し使われるうちに痛んできます。お金にも寿命があるのです。では千円札の場合、寿命はどのぐらいでしょう。
①1か月 ②6か月 ③1年 ④3〜4年
答えは③番の1年です。紙幣は質の良い紙でできています。1万円札だと4〜5年はもちます。5千円札や千円札はお釣りにも使われ、やり取りが多いので1万円札に比べ寿命が短くなるのです。古くなったお札は日銀が民間の銀行から引き取り、新しいお札と交換します。こうして新しいお金を流すことで、世の中のお札は一定の綺麗さが保たれています。
紙幣は日銀が発行しますが、印刷するのは国立印刷局です。
第2問。支払人が同じ種類の貨幣や紙幣で支払おうとした場合、受取人が法令上拒否できるのはどのケースでしょう。
①1円玉で100円払う ②500円玉で1万円払う ③千円札で100万円払う ④2千円札で1億円払う
正解は①。日本銀行法という法律で、「日本銀行券」つまり紙幣は無制限、一方「貨幣」つまり硬貨は額面の20倍までを限りに通用すると規定されています。ですから1円玉で20円を超えて支払おうとしたら、受け取りを拒否してもよいことになります。あくまで法令上の決まりですから、受け取る側がそれでOKというのなら問題ありません。
第3問。現在も通用するお札は以下のどれでしょう。
①現在発行しているもののみ ②500円以下のものを除いた現行の券種すべて ③昭和21年の新円切り替え後のもの ④明治の1円札にも通用するものがある
少しむずかしいですが、正解は④。種類によっては今も1円として使えます。この1円札の中には大黒様を図柄にした「大黒1円札」というものもあり、古銭市場では大人気で1枚数万円で取り引きされる例もあるようです。
第4問は紙幣の破損についての問題です。紙幣は使っているうちに破れてしまうことがありますが、破れたお札は使えるのでしょうか。
① 残った面積に応じて新しい札に交換できる ②破れたままでも使える ③もう価値がない
これは①が正解です。全体の3分2以上残っていれば全額、5分の2以上3分の2未満の場合は半額と交換できます。5分の2未満の場合はお金としての価値はなくなります。日銀の本支店のほか、民間銀行でも交換してくれるところがあります。
では最後の問題。さきほど話の出た大黒1円札には強度を増すためにあるものが混入されていました。それはなんでしょう。
① 米のり ②柿渋(かきしぶ) ③こんにゃく ④漆(うるし)
今では考えられませんが、答えは③です。しかし、これは失敗でした。虫やネズミにかじられてしまうという食害に遭ったのです。そのため発行開始からわずか4年ほどで市場から一掃されました。
――銀行券の発行
さて、ここからは日銀がどんな仕事をしているのかお話しします。日銀の主要な業務として、銀行券、いわゆる紙幣の発行があります。そしてそれを交換する仕事もあります。古い銀行券を回収し、新札を供給することでお金を流通させています。日銀は日本で唯一、紙幣を発行できる銀行です。
お金は社会を動かす血液の役割を果たしています。「国・地方公共団体」と「企業」と「家計」の三者の間を相互に行ったり来たりしています。たとえば、「国・地方公共団体」は「企業」に公共工事の代金を、「家計」に年金をそれぞれ支払います。逆に「企業」と「家計」は「国・地方公共団体」に税金を納めます。「企業」は「家計」に給料を支払い、「家計」は「企業」に商品やサービスの代金を支払っています。お金がぐるぐる回っているわけです。
日銀は膨大なお金を管理しているわけですが、どのように保管しているかというと、パレットという台に乗せて金庫にしまってあります。1万円札は重さにして大体10キロで1億円になります。一つのパレットの重さは400キロにもなるので40億円入っていることになります。
紙幣はコピー機にかけると一見似たようなものができあがりますが、そのようにして作られたにせ札が流通しては大変なので偽造防止のためにさまざまな技術が用いられています。まず、皆さんも知っている「透かし」があります。それから「超細密画像」、コピーしても写らない「マイクロ文字」や「ホログラム」「特殊発光インキ」凸版印刷などなど、実に7種類もの技術が使われているのです。紙幣偽造の罪は無期または3年以上の懲役と刑法で規定しています。
――金融政策の実施
日銀には“経済と金融のホームドクター”という性格もあります。物価を安定させ、国民生活が健全に発展するようにリードする役割を担っているのです。この仕事を「金融政策」と言います。
インフレ、デフレという言葉を耳にしたことがあると思います。インフレは物価が上がり続ける状態のことです。今の日本は緩やかに物価が上がっていますが、年2%程度の上昇なので、まだインフレとまでは言えないでしょう。かつて第一次世界大戦後のドイツでは、パン1個の値段が100円から翌日は105円、そのまた翌日には110円、さらに115円と毎日のように値上がりする状態に陥りました。お金の価値が下がるので、パンを買うためにお札を荷車に積んで運ばなければならないような事態になってしまったのです。逆にデフレでは物価が下がり続けます。ものが安くなるので消費者には好ましい状態のように思えますが、実はそうでもありません。企業の売り上げが減って従業員の給料が下がったり、倒産が相次いだりします。1930年代に起きた世界大恐慌の時は、アメリカでは4人に1人が失業したという例もあります。日本がそのような極端な状態にならないように物価をコントロールするのも日銀の役割なのです。
その手段を「公開市場操作」と言います。日銀が民間銀行との間で国債などを売り買いすることで、市場に流通するお金の量を調節するのです。
インフレの時は、日銀が民間銀行に国債などを売り、民間銀行を通じて市場から資金を吸い上げます。そうすると金利が上昇し物価は上がりづらくなります。経済活動を不活発にするわけです。これを「売りオペ」と言います。逆にデフレの時は、日銀が民間銀行から国債などを買い上げ、民間銀行に資金を流します。市場に資金を供給することで金利を下げて物価を下がりづらくするので。「買いオペ」と言います。
もう一つの日銀の重要な金融政策に「為替介入」があります。行き過ぎた円安や円高をやわらげて国内の経済状態を安定させるのが目的です。日本は資源が少なく、そのほとんどを輸入に頼っていますが、輸出入など国と国との取引は主にドル決済で行われますから、為替の動きは日本経済に大きな影響を与えることになります。たとえば円安が進むと輸入原料などを使う品物の値段が上がって家計にもダメージを与えます。円高が進むと輸出産業の国際競争力が弱まります。それを防ぐために為替市場で通貨の売買を行うのが為替介入です。極端な円安であれば、国が持っているドルを売り、円を買って円高の方向に誘導します。介入は財務省の指示を受けて日銀が行うのです。
――銀行の銀行、政府の銀行とは
日銀は「銀行の銀行」「政府の銀行」とも呼ばれます。民間の金融機関や政府が日銀に預金口座を持っているのがネーミングの由来です。みなさんが普段利用している銀行から預金の一部を預かったり、それをほかの金融機関に貸したりします。また、国が国民や企業から集めた税金を預かり、国の事業にかかった費用の支払い業務も行います。
民間の銀行は多くのリスクを抱えています。お金を貸している相手先がつぶれてしまうことはないか、金利や為替はこの先どう動くか、お金をやり取りするシステムに異常はないか、など心配事が山積みです。このため「銀行の銀行」である日銀は、民間の金融機関の経営実態やリスク管理の体制などを調べる「考査」を行っています。
ここまで、日銀には紙幣の発行、金融政策、「銀行・政府の銀行」という大きな役割があることをみてきました。日銀についてもっと知りたければ東京・中央区にある「貨幣博物館」に足を運んでみるとよいでしょう。日銀本店も事前に予約すれば見学できます。日銀の仕事に関心を持つと日本の経済の仕組みがよく理解できるようになると思います。