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第5回授業と修了式

 

 

 歯・口はどう育つ?

〜口の機能は健康と生活をささえる〜

 

 

井上 美津子(いのうえ・みつこ) 先生

昭和大学歯学部小児成育歯科学講座客員教授・歯科医師

令和7年3月16日(日)14:00―16:00

横浜市立大学シーガルホール(横浜市金沢区)

受講者75人(4年生30人、5年生18人、6年生27人)

 

 

人間が生命を維持していくためにはものを食べて栄養を摂らなければなりません。また、社会の中で生きていくには言葉を発して他者とコミュニケーションをとることが不可欠です。「食べる」そして「話す」。この二つの働きを受け持っているのが歯と口です。ふだんはあまり気にかけませんが、私たちの体の中で最も一生懸命に動き、一番お世話になっている器官かもしれません。歯と口はこのほかにも多くの生命活動にかかわっています。今回は、長年にわたって特に子どもの歯と口の健康について研究し、実際に診療にもあたってきた井上美津子先生に、その大切な役割とケアの仕方について教えてもらいます。

 

 以下に講義の概要を紹介します。

 

☆☆☆

 

――はじめに

 私は1974年に歯学部を卒業しました。当時はむし歯に悩む子どもが非常に多く、「むし歯の洪水」と呼ばれる時代でした。しかし、子ども専門の歯科医は多くありませんでした。それが小児歯科医を目指したきっかけです。以降、母校の東京医科歯科大で3年、昭和大で38年、診療や研究を続けてきました。

きょうみなさんに伝えたいことは①子どもの口の健康に関する最近の話題②口の機能③歯と口の発育と食べる機能の発達④今、口の機能の何が問題になっているか⑤学齢期から気をつけたい口の健康習慣――の5点です。

 

――最近の話題から

最初の話題は、むし歯のある子どもの割合がここ50年で大きく減ってきているということです。1960年代には3歳以上の90%くらいにむし歯がありました。それが平成の約30年間で著しく減少しました。3歳児では平成初めの56%が12%に、12歳児では88%から32%にまで減りました。歯の神経までむし歯が進行して痛みや腫れを伴う「重症むし歯」の割合も同様です。最近では、3歳児でむし歯のある子どもは11%、12歳児では30%程度です。

次に、歯ぐきが炎症を起こす歯肉炎(しにくえん)も小学生では減少しています。しかし、中高生になるとやや増加します。幼児や小学生では軽度の症状がほとんどですが、中高生では歯周病に進んでいるケースもあります。特に女子はホルモンの影響で思春期性歯肉炎を起こしやすいので注意が必要です。

 最近は口の機能に関する問題にも注目が集まっています。口の機能には大きく分けて「食べる機能」「話す機能」「呼吸する機能」がありますが、これらの機能の発達に問題がみられる子どもが増えているのではないかと心配されています。

 

――口はどんな働きをしている?

それでは口の機能について詳しくみていきましょう。まず、「食べる機能」です。これには食べ物を取り込む、噛む、のみ込む、そして味を感じるという働きがあります。次に「話す機能」、これは声を出す、言葉を発するという働きです。「感情をあらわす機能」もあります。泣く、笑うなどさまざまな表情を作るのも口の働きによるものです。それから「呼吸する機能」です。鼻の代わりに口で息を吸ったり吐き出したりすることができます。そのほかにも、噛みつく、歌うなど、口は多くの働きをしているのです。

これらの中には人の生活になくてはならない働きがあります。ひとまとめに口と呼びますが、口には唇(くちびる)、舌、歯、顎などがあってそれぞれが大切な役割をもっています。唇は口内の乾燥を防ぎます。舌は食べ物の大きさや形を確かめて口の中で移動させ、味蕾(みらい)という部分で味を感じ取ります。取り込んだ食べ物は前歯で噛み切り奥歯で噛みつぶし、上下の顎を動かして咀嚼(そしゃく)します。唇、舌、歯には発音を助ける役目もあります。

口の中には唾液(だえき)も出てきます。その量は1日1〜1.5リットルといいますから結構多いですね。唾液は食べ物を湿らせて飲み込みやすくするほか、食べ物を溶かして味を感じやすくしてくれます。また、口内の食べかすを洗い流すというお掃除の仕事もしているのです。また、唾液にはアミラーゼやリゾチームなどの酵素が含まれていて、これらの酵素は消化吸収を助けたり、抗菌作用を持っています。さらに唾液には、酸やアルカリを中和し、初期むし歯の再石灰化を促すなどの働きもあります。

 

――歯・口の発育と食べる機能の発達

 子どものときに生える歯を乳歯と言いますが、乳歯は生えそろうと何本になるかわかりますか。次のうちのどれでしょう。

    16本 ②20本 ③24本

答えは②です。20本ぐらい歯がそろうと家族と同じような食事をとることができるようになるのです。乳歯は一般的には小学生のうちに永久歯に生えかわります。みなさんは今その過渡期で、乳歯と永久歯が入り混じった状態の人が多いのではないでしょうか。

 では歯と口はどのような段階をふんで発育していくのでしょうか。生まれたばかりの赤ちゃんには歯がありません。しかし、反射でお乳を吸うことができ母乳や人工乳で栄養を摂ります。生後5、6か月になって離乳が始まるころには、乳歯の前歯が生え始めます。離乳期には唇や舌の動きが活発になって、唇で食べ物を取り込み、舌や歯ぐきでつぶす、口を閉じて飲み込むという動きができるようになります。1歳前半ごろになると第一乳臼歯(にゅうきゅうし)と呼ばれる最初の奥歯が生えてきて、咀嚼の練習が始まります。それまでの「手づかみ食べ」からスプーンやフォークを使って自分で食べられるようにもなっていきます。ここまでくると離乳は一応完了と言えますが、それでもまだ大人と同じものを食べるのはむずかしい段階です。

 乳歯は3歳ごろになると20本生えそろいます。こうなると咀嚼の機能が備わり、食べ物をすりつぶすこともできるようになります。噛む力も大人の3分の1から5分の1ぐらいになるので、家族と同じ食事がとれるようになるのです。このころには手指をうまく動かして箸(はし)も使えるようになります。

 そして、6歳前後で乳歯から永久歯への生えかわりが始まり、14、15歳ごろまでにはすべて生えかわって永久歯の歯並びが完成します。口の中の容積も広がって大きな食べ物も口中に取り込めるようになります。顎の骨はその後も18〜20歳ごろまで成長し続けます。

 

――今問題になっていること

 口の機能に関して今どんなことが問題になっているか考えてみましょう。

 みなさんに質問です。歯がないと食べにくいものは次のうちどれでしょう。

  ごはん ②肉・野菜 ③いも類

 正解は②です。ごはんはお粥(かゆ)にすれば歯がなくても食べられますし、いもも加熱すれば柔らかくなります。しかし、肉や野菜は噛み切ったりすりつぶしたりしないとうまく食べられません。

 では、うまく噛めないとどのような問題が起こるでしょう。

  栄養がかたよる ②食欲がなくなる ③歩く速さが遅くなる

 これは全部が正解です。私たちが生きていくには栄養が必要ですが、肉や魚、緑黄色野菜は特にタンパク質やビタミン、食物繊維などを豊富に含んでいる食品なので、これらが食べにくくなると栄養がかたよります。また、咀嚼の刺激が減ると唾液の量が減り、味を感じにくくなるため食欲も減退します。また、噛む力を咬合(こうごう)力と言いますが、これが低下することで歩く速さが遅くなるという研究結果も報告されています。ですから、子どもの口と歯の発達は生涯にわたって影響を及ぼす重要なことなのです。発達が不十分なままで大人になると、高齢になってからの機能低下が早まったり加速したりする恐れがあります。

 さて、あまり意識したことはないと思いますが、みなさんの口は普段どんな状態になっているでしょう。たとえばリラックスしているとき、あるいは唾液を飲み込むとき、唇や舌、口の周りの筋肉、歯の噛み合わせはどうなっているでしょう。リラックスしているときには唇は軽く閉じられ、鼻で呼吸し、舌は上顎に触れていて、上下の歯がわずかに離れています。だ液を飲み込むときには唇を閉じたままで呼吸を止め、舌は上顎全体に接していて、口の周りの筋肉は緊張しておらず、飲み込む瞬間に上下の歯が噛み合います。これが望ましい状態です。

 それとは違い、日常的に口が開いている、いわゆる「お口ポカン」と呼ばれる状態は問題です。最近の調査では3〜12歳児の約30%にこの傾向が見られ、しかも3歳では19%だったのが12歳では40%近くにまで増えています。「お口ポカン」は口周りの筋肉が十分に発達していないことで起こる「口腔(こうくう)機能発達不全症」の一症状です。筋肉のバランスが崩れることで歯並びと噛み合わせに問題が生じ、食べ方や発音に影響が出ることもあります。口が開いていると口の中が乾燥し、歯肉炎や粘膜炎症の原因にもなります。また、いつも口が開いていると口呼吸になりがちです。鼻呼吸には、鼻毛などがほこりや細菌、ウイルスをブロックし、吸い込んだ空気を湿らせて喉(のど)の乾燥を抑えるという利点があるのですが、口呼吸は感染症にかかりやすかったり、いびきや睡眠の質が低下したりといったデメリットが指摘されています。口腔機能発達不全症は2018年から保険適用になったので、心配な人は歯科受診して相談してみてください。

 

――学齢期から気をつけたい口の健康習慣

 学齢期から気をつけたい口の健康習慣がいくつかあります。まず、歯磨きでむし歯と歯肉炎を予防することです。永久歯に生えかわると歯並びも変わってくるので、自分の口の状態に応じた磨き方をすることが大切です。フッ素の塗布や寝る前の歯磨きも効果的です。次いで食生活です。食事は時間を決め間隔を空けてとること。ゆっくりよく噛んで食べると唾液がよく出ます。最後に、ふだんから自分の口の状態に注意を向けることです。唇を閉じ舌を上顎につけて鼻呼吸をすることなどを心がけるとよいでしょう。

 歯と口がとても重要な働きをしていることをわかってもらえたと思います。きょう学んだことを忘れず、日頃から口の機能に関心を持って、口を健康に保つにはどうすればよいかを考え実行していってください。